志尊淳の祖母は初代うたのおねえさん!祖父や叔父二人も有名な作曲家!
2023年度前期NHK連続テレビ小説「らんまん」への出演が決まっている俳優・志尊淳さん。
実は、祖母はNHK「おかあさんといっしょ」の前身となる番組「うたのえほん」で初代うたのおねえさんを務めていました。
うたのおねえさんといえば子供たちにとってアイドル的存在なので、どんな祖母なのか気になりますよね。
また、志尊淳さんの祖父や2人の叔父も有名な作曲家だったことが判明!
誰もが知るような楽曲を作り、世に送り出していたこともわかりましたよ。
そこで今回は、志尊淳の祖母は初代うたのおねえさん!祖父や叔父二人も有名な作曲家!というテーマでご紹介しますね。
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志尊淳の祖母は初代うたのおねえさん!
志尊淳さんといえば、小学生の頃に両親が離婚したことで兄や姉とともに母子家庭で育ちました。
離れて暮らすようになった父親の情報は少ないですが、父方の祖母はNHKの子供向け番組「うたのえほん」で初代うたのおねえさんとして活躍した中野慶子さんです。
NHK「うたのえほん」は、もともと「おかあさんといっしょ」とは別番組でしたが、編成上の理由により最終的には1967年に完全に統合されて今日に至ります。
志尊淳さんの祖母・中野慶子さんは1961年4月から登場した初代うたのおねえさんの1人で、当時は真理ヨシコさんと隔週交代での担当だったようです。
また、初代うたのおにいさん(田中星児さん)の初登場は1971年11月と遅かったため、女性1人で歌や進行役を行っていたことになります。
1961年10月、中野慶子さんは佐藤義美さん作詞、大中恩さん作曲の童謡「いぬのおまわりさん」を番組内で初披露し、「日本の歌百選」に入るまで定着させた立役者の1人です。
志尊淳さんのファンの方でも知らない人は多いですが、祖母がNHKで活躍した初代うたのおねえさんだったとは驚きでしたね!
志尊淳の祖母・中野慶子のプロフィール
中野慶子のプロフィール | |
本名 | 宮崎慶子(旧姓・中野) |
生年月日 | 1937年12月8日 |
年齢 | 85歳(※2023年3月現在) |
出身地 | 長野県松本市 |
出身高校 | 長野県松本深志高等学校 |
出身大学 | 学習院大学文学部英米文学科 |
職業 | 歌手・俳優・タレント ※引退後はプロデューサー |
事務所 | 有限会社宮崎音楽事務所 |
主な活動 | ドラマ「渦潮」の主演 (1960年11月) |
NHK「うたのえほん」 初代うたのおねえさん (1961年4月~1964年9月) |
|
配偶者 | 宮崎尚志(作曲家) |
長男 | 宮崎○○(名前不明) |
次男 | 宮崎道(作曲家) |
三男 | 宮崎歩(シンガーソングライター) |
※備考 | 長男=志尊淳さんの父親 |
志尊淳さんの父方の祖母・中野慶子さんは、大学在学中の1958年にNHK俳優養成所第1期生となりました。
養成所では主に歌と演技を学び、卒業後は同期メンバーと「劇団三十人会」を設立。
1961年4月から3年半の間、NHK「うたのえほん」で初代うたのおねえさんとして活躍後、1964年に結婚。
1967年、次男の宮崎道さん(志尊淳さんの叔父)の出産を機に、30歳の若さで芸能界から引退しています。
しかし、1980年には芸能界に復帰し、1987年には宮崎音楽事務所を設立しました。
2014年頃までコンサートやプロデュース業を行いながら、子どもたちに歌声を届けていました。
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志尊淳の祖父は有名な作曲家!
志尊淳さんの父方の祖父に当たる人物ですが、手掛けた曲はなんと1万曲を超えているといわれています。
作曲と編曲のジャンルは、歌謡曲、映画、ドラマ、CMのほか、校歌、社歌、聖歌などと多岐に渡り、1日で60曲以上も作ったという逸話もあるほどの凄腕の作曲家でした。
代表作も非常に多いですが、特に有名なのが以下の楽曲です。
- コカ・コーラの初代CMソング「コカコーラの歌(スカッとさわやかコカコーラ)」
- NHK総合「ニュースセンター9時」のテーマ曲(1974年~1988年)
- 丸大食品 「わんぱくでもいい」
- 広島カープ応援テーマ「それ行けカープ 〜若き鯉たち〜」
- NHK「みんなのうた」の「風ぐるま」(小林幸子さん歌唱)
40歳以上の方なら1度は耳にしたことも多い曲だと思いますが、志尊淳さんの祖父が手掛けていることはあまり知られていませんよね。
個人的に印象に残っているのは、丸大食品の「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」のフレーズで有名なロースハムのCMです。
作曲家の宮崎尚志さんは1934年8月4日生まれで、 肺がんのため2003年5月2日に68歳で亡くなっています。
現在28歳の志尊淳さんとどのくらい交流があったのかは不明ですが、自慢の祖父であることは確かだと思われます。
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志尊淳の叔父二人も有名な作曲家!
初代うたのおねえさんの中野慶子さんと有名作曲家の宮崎尚志さんの間に生まれた子供は3人です。
志尊淳さんの叔父に当たる次男の宮崎道(みち)さんと三男の宮崎歩(あゆみ)さんは二人とも有名な作曲家ですよ!
それぞれ、どんな人なのか見てみましょう!
志尊淳の叔父①宮崎道とは?
志尊淳さんの叔父の1人・宮崎道さんも有名な作曲家で、バンド「Elpis」のリーダーを務めています。
6歳頃からピアノの英才教育を受けていたようですが、中学時代は自主製作映画にハマっていたのだとか…。
高校に上がると友人とロックバンドを組み、初めて作曲を手掛けたことから音楽の道に目覚めたようですね。
高校卒業後は父・宮崎尚志さんのアシスタントとなり、22歳になった1990年から本格的に作曲家として活動を始められています。
甥に当たる志尊淳さんは1995年生まれなので、生後~幼少期は可愛がってもらっていたようですね。
宮崎道さんの代表作は以下の通りです。
- 作品No.2「春」イ長調 〜ぼくらのウォーゲーム!〜(※映画『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』のED主題歌)
- 「The carp symphony」(※広島カープの応援歌「それゆけカープ」を主題にした交響曲)
- 島谷ひとみさんの「恋水-tears of love-」
- 「中央競馬 ワイド中継・ハイライト」のOP・EDテーマ
- テレビ東京 「経営ウィークリー」テーマ曲
その他、両親とのコラボや、地方、海外音楽フェスティバルの音楽アドバイザーなど、活動の幅が非常に広い音楽家の1人でもあります。
志尊淳さんは映画や舞台の出演が非常に多いため、楽曲提供やアレンジという形ですでにコラボされているかもしれません。(※今のところ不明です)
志尊淳の叔父②宮崎歩とは?
志尊淳さんの2人目の叔父は宮崎歩さんで、シンガーソングライターであり、作詞家、作曲家、編曲家としても活躍しています。
兄の道さんと一緒にアマチュアバンドに参加したのち、ギターの腕を磨いてシンガーソングライターを志すようになったようです。
ジャンルはJ-POPやアニソンがメインなので、若い人の間でも有名人といってよいですね!
ご自身のオリジナル曲やデジモンなどのアニメソングが代表作といえそうですが、実は楽曲提供の数が200曲以上もあり、特にジャニーズ事務所のアイドルへの提供数は非常に多いです。
嵐のシングル曲「ハダシの未来」を含め、近藤真彦さんからジャニーズJr.まで幅広く提供されており、その他、和田アキ子さんやJUJUさんなどの曲を挙げていくとキリがありませんね!
作詞家、作曲家としても有名なので、志尊淳さんにとっても自慢の叔父だと思います。
宮崎歩さんも志尊淳さんとのコラボ作品があるかもしれませんが、今後も注目される叔父と甥の関係ですね!
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志尊淳の祖母は初代うたのおねえさん!祖父や叔父二人も有名な作曲家!のまとめ
- 志尊淳さんの祖母はNHK「うたのえほん」の初代うたのおねえさん
- 中野慶子さんとして活躍後、結婚して宮崎姓になった
- 童謡「いぬのおまわりさん」を世に広め続けた貢献者の1人
- 志尊淳さんの祖父・宮崎尚志さんは有名な作曲家だった
- 叔父の宮崎道さんと宮崎歩さんの2人も有名な作曲家
志尊淳さんの父方の祖父母を調べている内に、2人の叔父についても様々な発見がありました。
祖母がNHKの初代うたのおねえさんだったとは正直びっくりでしたね!
NHKといえば志尊淳さんは連続テレビ小説「らんまん」で、神木隆之介さん演じる槙野万太郎のお目付け役の竹雄(たけお)を演じます。
2023年4月3日(月)スタートが待ちきれませんね!
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