トンイの王妃で3番目の仁元王后の最期は?粛宗と暮らした期間は?

韓国ドラマ

トンイ 王妃 3番目 最期

韓国ドラマの大ヒット作となった「トンイ」の王妃で3番目に登場する仁元(イヌォン)王后。

物語の中では淑嬪の子であるクム(延礽君)を養子に迎えましたが、最終回では登場シーンすらなく、その最期は描かれることはありませんでした。

 

聡明で威厳のある女性として2人の王子を国王の座に就けるなど、史実を見ても素晴らしい功績を残しています。

ドラマでは女優オ・ヨンソさんが演じていますが、実際にはどのような人物だったのでしょうか?

 

夫である粛宗と過ごした期間やクム(延礽君)が国王となった後の生活ぶりも気になります。

そこで、トンイの王妃で3番目の仁元王后の最期を中心に詳しくご紹介します。

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トンイの王妃で3番目の仁元王后の最期は?

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仁元王后は韓国ドラマ「トンイ」の中で3番目に王妃として登場します。

ただし、最終回にクム(延礽君)が李氏朝鮮の第21代国王・英祖(ヨンジャ)に即位するシーンでも登場していませんし、その最期はどのようなものだったのか気になる人も多いようです。

 

実は、ドラマの中では描かれていませんが、英祖が誕生した時、まだ仁元王后は37歳で生きていました。

その最期は英祖の正室であった貞聖王后(享年65歳)が亡くなって1年後、現在の韓国ソウル特別市にある宮殿・昌徳宮で亡くなっています。

 

享年は69歳とされていますので、息子の嫁に当たる貞聖王后とは3歳しか年上ではありませんでした。

トンイのモデルとなった淑嬪崔氏とも仲が良かったとされ、夫である粛宗の没後、禧嬪張氏(オクチョン)の実子である世子が第20代国王・景宗(キョンジャ)になるのを見届けています。

 

ドラマでは3番目の王妃として出番も少なかったですが、仁元王后は粛宗の意思を継ぎ、クム(延礽君)を世弟にした功労者でもあります。

そのため、景宗が即位後僅か4年で亡くなっても、世継ぎ問題で国が乱れることはなかったようです。

 

ドラマと同じようにクム(延礽君)を養子にして母となり、最期まで英祖の親孝行を受けて天国に召されたようです。

ちなみに仁元王后が亡くなったのが1757年のことですので、日本だと江戸幕府12代将軍・徳川家重~13代将軍・徳川家治の時期と重なります。

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トンイの王妃で3番目の仁元王后が粛宗と暮らした期間は?

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韓国ドラマ「トンイ」の中で登場する王妃としては、仁顕王后が1701年9月16日、禧嬪張氏は1701年11月9日と立て続けに亡くなっています。

したがって、淑嬪崔氏が側室のままという意向を固めていたこともあり、3番目の仁元王后は1702年10月3日に粛宗の妻となる王妃の座に就いています。

 

この時、粛宗は41歳という年齢でしたが、仁元王后はまだ15歳という若さでした。

その後、粛宗は1720年7月13日にこの世を去りましたので、仁元王妃が粛宗と暮らした期間は約18年間ということになります。

 

 

では、トンイのモデルとなった淑嬪崔氏はというと、粛宗が亡くなる2年前の1718年3月にクム(延礽君)の屋敷において亡くなっています。

つまり、淑嬪崔氏は世子が王位に就くところも見ていませんし、実の子であるクム(延礽君)が正式な世弟(王の弟ながらも次期王位継承者)になったことも知らずにこの世を去っています。

 

ドラマの中では3番目の王妃としてトンイの敵になりそうだった仁元王后ですが、歴史的に見ると王位継承に関する最も重要な務めを果たしている人物と言えます。

粛宗と暮らした期間にその意向を汲み取り、実行に移したとも考えられます。

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トンイの王妃で3番目の仁元王后は歴史上4番目だった?

トンイ 王妃 3番目 

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史実に基づくと、粛宗の最初の正室は 仁敬王后だったとされています。

したがって、ドラマ「トンイ」では既に亡くなっている設定からのスタートだったと考えられます。

 

正式に王妃の座に就いた順番は、仁敬王后、仁顕王后、禧嬪張氏、仁元王后となりますので、歴史的に見れば3番目ではなく4番目ということになります。

仁敬王后の参考文献は少ないのですが、1661年~1680までの短い生涯だったようで、粛宗との間に2人の子を授かりますが、両者とも2歳未満で亡くなっているようです。

 

次の仁顕王后との間にも6年間子が生まれなかったため、その頃、粛宗の寵愛を受けていたオクチョンとの間に生まれたユンが世子となり、その功績により母は禧嬪という称号を得ています。

 

韓国ドラマ「トンイ」は賤民の身分でありながら王の側室や母となるシンデレラストーリーですが、オクチョンは賤民から王妃にまで上り詰めた李氏朝鮮で唯一の女性です。

歴史を見れば仁元王后が3番目の王妃ではないことがわかりますが、ドラマだけを見るとそう思えるのも仕方がないことですね。

 

結局、トンイの息子クムは(延礽君)は世弟から国王になりますが、当時としては長寿といわれる83歳まで生きたため、在位期間は李氏朝鮮で最も長い52年間に及びます。

そして、国王の座は子の代を飛び越えて孫の第22代国王・正祖(イ・サンのモデル)へと引き継がれていくのでした。

 

まとめ

  • 韓国ドラマ「トンイ」の王妃で3番目の仁元王妃の最期は1757年(享年69歳)
  • 時代背景から見て老衰で亡くなった可能性が高い
  • 養子として育てた英祖(元ヨニングン)に親孝行を受け、幸せな人生を送ったと考えられる
  • 粛宗の継室になったのが15歳で、約18年間一緒に過ごした
  • 歴史的に見ると、仁敬王后が最初の正室ということもあり4番目の王妃
  • 粛宗、景宗、英祖までの世継ぎ問題に大きく貢献した人物

 

トンイというドラマ自体はフィクションの部分も多い作品とされています。

もちろん、私たちが楽しめるように作られていますので、仕方がないことですね。

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