松の内2025年はいつまで?意味や由来とは?関東と関西で期間が違う理由!
年末年始を迎える頃になると「松の内」という言葉を耳にする機会も増えますよね?
正月休みとの兼ね合いもあり、2025年はいつまでなのかと気になる人も多いようです。
そもそも「松の内」という言葉にはどんな意味や由来があるのか、ぜひ知っておきたいですね。
また、関東と関西では期間に違いがあるといわれていますが、その理由とは何なのでしょう。
そこで今回は、松の内2025年はいつまで?意味や由来とは?関東と関西で期間が違う理由!というテーマで詳しくご紹介します!
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松の内2025年はいつまで?
2025年(令和7年)の「松の内」と呼ばれる期間は以下の通りです。
- 関東:1月1日(水)~1月7日(火)※7日間
- 関西:1月1日(水)~1月15日(水)※15日間
松の内の始まりは関東も関西も同じく1月1日(元日)からですが、「いつまでか?」という点では約1週間(8日間)の差があります。
全国的には関東と同じ基準の所が多いですが、都道府県や各地域ごとに異なる場合もありますね。
結婚や転勤などを機に住み慣れた地域を離れる場合、新しい土地での期間も確認しておきましょう!
松の内の意味と由来とは?
松の内とは本来、松の枝や葉をあしらった「松飾り」を飾る期間を意味する言葉です。
松飾りは、一般的には「門松(かどまつ)」と呼ばれることも多いですよね。
他にも「飾り松」「立て松」という呼び名があります。
現在では、しめ飾りや輪飾りなどの正月飾りを飾る期間を総じて、松の内を意味する傾向が強くなっています。
なかでも玄関先に飾る門松は、年神様を家に迎え入れるため目印、依り代(憑依される場所)ともいわれています。
正月に1年間の幸福を運んできてくださる年神様をお迎えするという大切な役割を担っているのです。
また、松の内という言葉の由来は・・・
- 門松に松の枝や葉が使用されていること
- 年神様を祀(まつ)るに相応しい飾りであること
から来ているといわれています。
もともと正月に松を飾る風習が生まれたのは中国の唐代で、日本に伝わったのは平安時代のこと…。
寒い冬の時期でも緑色の針のような葉をたくわえる松の木は、「生命力」「不老長寿」「繁栄」の象徴とされていました。
門松というと背の高い竹ばかりが目立つ印象もありますが、その本体は松の枝や葉の部分です。
葉牡丹や南天など縁起のよい植物も使われていますので、一度しっかり見てみるのもオススメですよ!
ちなみに松の内には「松七日(まつなぬか)」という別名もありますが、期間内には当然1月1日~3日までの三が日も含まれていますね!
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松の内の期間が関東と関西で違う理由!
松の内の期間が関東と関西で違う理由は、江戸幕府三代将軍・徳川家光の死が深く関与しています。
もともと松の内の期間は、江戸時代初期まで全国的に「1月15日まで」と定められていました。
当然、鏡開きの行事も今より遅く、1月20日に行われていたといわれています。
そもそも鏡餅は年神様が正月期間に依り代とされる居場所でもあるため、松の内の間は行うことはできませんでした。
しかし、徳川家光が亡くなったのが1651年(慶安4年)の旧暦4月20日だったため、毎月20日は月命日となりました。
そのため鏡開きは1月11日に変更されて行われていましたが、当時はまだ松の内期間中で年神様の居場所を失くすことに繋がります。
江戸幕府は約10年後に政策を立て、1月7日までを松の内とする旨のお触れを出しています。
ただし、将軍様のお膝元である関東とは異なり、距離の遠い関西まで正確な情報が伝わることはありませんでした。
その後も関東と関西で松の内の期間が違うままというのも違和感がありますよね。
当時の大坂(大阪)は「天下の台所」として栄え、京都には天皇家もありましたので、幕府以外の特別な力が働いていた可能性も考えられます。
その他、江戸三大大火の1つとして有名な「明暦の大火(めいれきのたいか)」が影響しているという説も有力視されています。
1657年(明暦3年)旧暦1月18日~20日に起きた大火災で、江戸時代最大の死者を出した大事件です。
徳川家光の死後6年に起きた大事件により、松の内を期間を半分以下の1月7日まで短縮したという説もあります。
関東と関西では松の内以外にもお盆期間などにも違いがありますが、江戸幕府が地域ごとの日付に任せていたのが理由とする説もあり、詳細はハッキリとしていません。
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松の内の最終日は飾り納め!
日付は1月7日や15日と全国各地で異なりますが、松の内最終日は正月飾りの「飾り納め」の日になります。
門松(松飾り)、しめ飾り、輪飾りなどの正月飾りを飾っておくのもこの日までです。
翌8日や16日になると「松の内が明ける」という言葉を使い、早朝には正月飾りを外すことも多いです。
また、「飾り納め」の日である1月7日や15日の早朝には、早々に門松やしめ飾りなどを外す地域もあります。
松の内が明けて正月飾りを見なくなると、「正月期間も終わった」という印象を受ける人も多いと思います。
実際には「鏡開き」や「どんど焼き(左義長)」などの行事が残っていますので、逆に「正月気分が抜けない」という方もいますよね。
松の内は俳句の季語にも!
松の内は「新年の季語」として俳句に使用されることも多いです。
単に正月のめでたさを詠んだ句だけでなく、様々な情景が浮かぶ句がたくさんありますよ!
【松の内を季語とする俳句】
- 任地へと夫の発ち行く松の内(寺田順子)
- 昼は日に夜は月星に松の内(原石鼎)
- 平凡に雪にこもりて松の内(川田政尾)
- 日帰りの旅いそがしや松の内 (久保田万太郎)
- ときなしの餅焼く匂ひ松の内(鷹羽狩行)
- 浅草によき空のあり松の内(京極杜藻)
- 寝て起きて食べてごろりと松の内(三浦如水)
新年の季語には松の内以外にも「今年」「去年」「新年」「元旦」「正月」などもあります。
近年俳句の人気も高まってきていますので、新しい年の門出を祝う一句を詠んでみるのもよいですね!
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松の内2025年はいつまで?意味や由来とは?関東と関西で期間が違う理由!のまとめ
2025年の松の内は元日を初日として「関東では1月7日まで」「関西は15日まで」となっています。
全国的には1月7日を最終日の「飾り納め」とする地域が多いですね。
松の内は松飾り(門松)が名前の由来となっており、正月飾りを飾っておく時期のことです。
俳句の季語としても使われていますので、風情溢れる句を詠んで1年の験担ぎとするものオススメですよ!
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